「いかがわしいやさしさで 記憶の陰で寝そべって」

「馬鹿みたい!」そうやって吐き捨てと一緒に指輪で遊ぶ綾子の左薬指の僅かな隙間に目をやっていると、警報と一緒に銃弾がなだれ込んで来た、「窓の外でさかってるあの悲鳴はなんだ?」っておれは綾子に言った「わからないわ!」
綾子が左薬指の僅かな隙間から急いで指輪を外したのは防衛本能からだろうか、おれはこの女のそういう女的な神秘と辺鄙に苦笑しながら感激していたがその際、飛び込んだ銃弾が事務所のなかのコップを割りやがった。
「うおおおお、半年ぶりの事件だ!」っておれはガキみたいに息巻いた。怖がる綾子も火照ってた、ふて腐れる唇に焦げた匂い、サイレン、ああ、最高だ、おれは綾子を強く見つめ、それからすぐに急いで外に向かった。

路上には砕け散るガラスの光源が溢れ!、怒声だけが生き生きと唸っていた!、さっきまで死んでいた街が蘇るような不気味さがおれを興奮させた。。。、むかえの書店のウインドーにずっと飾ってあったあの憎き探偵小説が無惨に崩れているのを一種の動き出す歯車の敬礼のように思えた頃にはもうおれは完全に惨劇の高揚に参っていた、最高だ、憎き探偵小説の一冊を左のポケットにしまい、静かに歩きはじめた、風が蠢いてる、酒屋のまえに転がるウイスキーの瓶を右のポケットに頂戴しなががら早速一口やった!、こんな時に浮かんでくるのは聞いたこともない空歌だ、線路の遮断機のまえに女が倒れていたのを見つけた時、おれはまた唸った、やっかいだ、女の口に銜えタバコが輝きながら湿っていた、タバコの火は消えていない、女の唇の火!、タバコの火に照らされた女の睫毛が艶めかしく動いているのがわかってから数秒、線路の向こう側から警察のサイレンの音が脈々とふらついてきやがる!、胸のなかで無免許が疼く!、サイレンの赤が女の髪に触れはじめた、残留する香りを蹴散らせ!、女は瞳を閉じたまま睫毛だけを動かしながらタバコを吐いて、こう言った「追われてるの、ねえ、どこかへ、かくまって、おねがい。。」甘い吐息と失神でそう言ったっきり女は意識を失った。おれはさっき読んでいた雑誌の広告を思い出した。「いかがわしい やさしさか!」。

連女を事務所に連れ帰ると綾子の姿はもう無くなっていた。砕けたコップ、指輪、「散々だ、あの女が去ったと思ったらまた女を抱え込むなんて。」女は呻き声を挙げてはいるが、命に別状はなさそうだ、おれは女をソファに寝かせ、酒を2杯ほどあおってねむりについた。夢のなかでおれはうまいハムエッグといれたてのコーヒーなんかを喰っていた、久しぶりに喰う暖かい飯に感激していたその時だ、ふらつく視線のなかに女の影が、「起きましたか?、わたし、あの、あなたに助けられたようで」そうか、おれは昨夜この女を助けたのだ。「ええ、お嬢さん、あなたは銃弾と一緒にこの事務所にやってきたんですよ」冗談のつもりだったが女は目に涙をためておれに謝ってきた。「わたし、もう、どうしたらいいのかわからなくて、列車から飛び降りようとしましたの、そのとき。。。」昨夜は気づかなかったが女は女というよりかは本当に少女のような顔をしている、「お嬢さん、もしよかったら私を雇いませんか?」女は驚いたような顔をしながらはじめておれの仕事を訪ねた「ほら、あの砕けたコップのさきの壁を見て下さい」「あら、探偵さんですの?」「ええ、それもあなた専属の」